森の日記

見たこと、知ったこと、感じたこと。

「アーティスト」であるということについて思ったこと。

きょうからまた一週間が始まった。

 

週末、すてきな出会いをいただいたので、そこで聞いたこと、考えたことについて、書き留めておこうと思う。

このあいだ書き留めた、在パリ日本人の方と出会えたのです!目標、ひとつクリア。

もちろん今後も機会があったら出来るだけ広げようと思うけれど。

 

訪ねたのは、A.K.さんという画家のアトリエ。40年以上、パリに根付いて絵を描かれている。(たった2年しかパリに住んでいない私には、想像もつかない。)

Kさんがパリに来たのは、まだ学生運動(五月革命)の余韻の残る時代。五月革命とは、1968年5月にパリで行われた学生主導の大衆一斉蜂起、そしてそれに伴う政府の政策転換のこと。(※ちなみに、1968年は、世界各地で大きな運動が起こった年。アメリカのベトナムへの反戦運動や中国の文化大革命、日本では全共闘、チェコのプラハの春など・・・。)

Kさんにとって、パリの町は「黒かった」そうだ。多くの建物が黒かったと。そして、日本で尖ったアートを発信していたKさんにとって、フランスは、日本で見ていたときよりずっと「面白くなかった」と感じたそう。それはフランス人の持つ保守性(アーティスト界隈での縄張り・人脈社会)や、オスマンスタイルの画一的な町並みによるもの。

そんな「面白くない」と感じたパリで、そして、Kさんの言うとおり保守的で人脈社会のフランスで、日本人のアーティストとして、しなやかで自由で多彩な発信を続けてきた、そして今も。という事実に、すなおに感動する。

 

アトリエの壁全面に立ち並ぶ、直径6メートルや7メートルもの大きなキャンバスいっぱいにさまざまな素材や絵の具で全面に広がる世界に圧倒された。青、赤、黄色、オレンジ、深い青、銀、黒・・・太さ、かたち、表現、ストーリー。

Kさんは、ひとつの絵の描き方として、街作りにたとえて話をした。東京の町並みは、たとえば戦後にひとつの街のかたちが出来た。その10年後、少しの開発で街の形が変わる。そしてまたその数十年後、再開発が行われる・・・。日本の街は、そんな風に変化してきた。たとえば新宿の、ゴールデン街がある界隈なんかはとてもわかりやすい。巨大ビルの後ろ側に突然神社があったり、風俗街の後ろに突然保育園があったり。

Kさんがそんなふうに、10年、また10年と、同じキャンバスに少しずつ(前に描いたものは消さずに上から重ねて)絵を描いた作品は、まとまりはないのだけどとても立体的で、さまざまな色や線がつらなるベースのなかから浮き出るひとの表情のようで、でもよく見るとつかみどころのない、とても不思議な風合いの作品だった。

 

聞くと、何かストーリーだとかテーマ、構成を考えて作るようなことはなく(もちろんそうして作り上げるアーティストもいるけれど)、思うがままに、描いていくのだという。そして、ストーリーが浮かんできたときは、あえてそのストーリーを壊し、また作り上げ、壊し・・・と続けていくそうだ。

 

とってもおもしろい!と思った。

私には、いまの社会は、「ストーリー」を求めすぎていると感じられていたから。

人間はそんなにきれいな生き物ではなく、失敗したり、欲望に負けたり、そのあと立ち直ったり、でもきれいには行かなかったり、、、という、矛盾した生き物だ。なのに、サクセスストーリーとか、きれいな感動話だとか、そういった「簡単」なものを求めすぎているように感じて。

ひとはそれぞれ、自由に感じたり、紡いだり、考えたりしていいのだ。「アート」は、そのバッファをくれる存在なのだ、という基本中の基本を思い出した。

 

そして、いまの時代、どんどんテクノロジーや人工知能が広がっているなかで、人間が人間でなくなってしまう時代がまもなく来るのではないか、という危機感。そこに収まらない空間に、アートがある。そんな話も。

 

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ここから以下は私の考察だけれど。

いま、AIや加工技術によって、普通の人でもものすごく簡単に「それなりに」きれいな写真を撮ることが出来たりする。

そして、H&MだとかZARAだとか、IKEAとかHEMAとかフライングタイガーだとか、お金がなくても「それなりに」かわいいものを簡単に安い値段で手に入れることが出来たりする。

それはとてもすてきなことで、より多くのひとたちが、より気軽に心が上がる、暮らしを楽しむことが出来るようになった。

でも一方で、それは、大量生産による大量消費であり、こうしたブランドの普及によって、持っているもので工夫する、自分なりの模索をする、といった「創意工夫」の余白が減ったように感じる。それは、「自由」が見えにくくなる世界でもあると思うのだ。

 

「それなりに」美しい世界に生きる私たち。

でも、本当の美しい世界って、これでいいんだっけ?と、思う。

 

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ちなみに、Kさんのアトリエにたくさんある巨大な作品たちは、単にキャンバスを買って仕上げるためだけの材料費だけで安くても3000ユーロ=35万くらいは余裕でかかるそう。そしてもちろん何ヶ月も時間がかかる。

そう、そうして生まれるのが、アートなのだ。

 

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アーティストでいるって、やはり現実的にはたいへんなことだ。

家族の中に多少なりともアートをなりわいとする者が少なからずいる身として、私自身にもきっと、美術大学や表現の道に進む選択肢は、あった。というよりきっと、小さい頃から、そうした刺激やきっかけ、チャンスはほかのひとよりずっとたくさん与えられてきた、と思う。

でも、だからこそ、アートで自分を表現し続けるひとたちを、本当に、尊敬する。それは、仕事として、というよりも、生き方として表現を続ける人たち、ということ。

私は、そういうひとたちの心の中には、わき出る ”感情の泉” があるのではないかと思うのだ。そして、私には、それが、ないなあ、とも。

・・・いや、あるのかなあ。

かたちは違えど、あるのかも、しれない。

 

でも、それを全面に打ち立てられるのは、やっぱり、すてきだ。

 

きょうは単なるつぶやき。

※先日寝ぼけて書いたのだけど、改めて読んで(普段ってあまり読み返さないのだけど・・・)ちょっとあまりにもとりとめがなかったので、すこし修正する(恥)←8月14日現在。※

 

きょう、ものすっごく久しぶりに、パソコンを持たずに出かけました。

日本人でこちらに長く暮らしている方と初対面でブランチをして、そのあと、久しぶりにパリの左岸(おしゃれ・シックなエリア)をさんぽした。

とくに、ボン・マルシェへ!

ボン・マルシェというのは、とにかく「おしゃれ」というイメージを持たれがち(だけど現実は甘くない)パリにおいて、ほんとうに質が良くすてきなものが買える、ということで知られる高級デパート。

 

まあ、私は何も買わなかったのだけど・・・!

なんか、昔から、すてきなものがたくさんあるところへいくと、おなかがいっぱいになってしまって、「ああ。そうなんですね。」と、それで満足して帰ってしまう傾向にある(じぶんで書いていて意味が分からない・・・)。だから、洋服とかを買うのもものすごく苦手。化粧品とかも、苦手。。。

 

それはいいとして。

ボン・マルシェのとなりにあるこぢんまりした公園でひとやすみをして、そのあと、アニメ映画「海獣の子供」を、フランス語字幕付きで見て、帰ってきた。

 

きょうはその、とても私的な、とても主観的なつぶやき。

 

 

まず、出会いって、偶然のたまものだなあ、と思います。

とくに、フランス流の社交が苦手な身としてなおさらかもしれないけれど、素直な感覚として、仲良くなれる人たちへの限界があると思う。そしてそれはフランスも同じ。

フランスって、歴史的にも「社交」が重視されてきたこともあるんじゃないかと思うのだけど、アペリティフだとか立食パーティーを気軽に開催する。初対面の人と会話を交わし、人脈を広げることが、その後のキャリアに直接的に役立つ社会でもある。

(「だれと知り合いである」ということが、本当に就職に大きな影響を及ぼすから!これは本当。LinkedInの世界なのです。)

なので、表面的なユーモアやオープンマインドは、日本よりずっとスムーズ。

対して日本人は、「コミュ障」ということばもよく聞くように、初対面での会話だとか、社交が苦手だと思う。かくいう私も苦手で、できれば逃げたくなる。。。(日本人だからって言い訳しているだけか。単なる私の性格です・・・)

 

でも。

根底は同じだとも、強く思う。

じつはフランス人って、とてもシャイで、本当の意味で「仲良く」なれる人ってものすごく限られるのだ。表面的なつきあいからその”次”に進むのは、とても難しい。

 

何が言いたいかって、だから、世の中のあらゆるものや出会いって、単にぱっと「好き」とか「きらい」とかひとことで片付けられるものではなくて 、ことばにしきれない、いろんな理由があるということ!

 

そういう感覚とか、単に海が好きとか、いろんな感覚・感情がまざりあって、「海獣の子供」、私は好きでした。

海のそばに行きたい。

 

皆さんは、どうですか?

 

殺人事件数の比較について。フランス、日本、あと、アメリカ。

きょうはニュースから!

 

フィガロに出ていた、フランスで過去3か月の殺人数が急増した。という話題。

premium.lefigaro.fr

過去3か月(5月~7月)のあいだに248の殺人事件が起きたとのこと。これは内務省が発表したもので、前3か月とくらべ殺人は16%増加。とくに、5月が72件、6月に75件なのに対し7月だけで101件発生したとのことで、飛び抜けて7月が多い。

7月25日、90歳代の女性が自宅で強盗に襲われたまま衣類の山の下から遺体となって発見された事件。同日、2月末に17歳の青年を殺害した別の事件で2人が検挙された。別の地方では、夕方に犬の散歩に出かけたアルメニア人の男性がナイフで何度も突かれた事件が起きた。、、、など。

 

私はこれを聞いて一瞬「"猛暑”のせい・・・?」と思ったのだけど、それは記事内であっさりと否定されていた。それよりも、専門家によると別のカギがあるとのことだ。

まずは、もともとコルシカ島の名物(特徴)だったという「復讐」が、都市部のやくざたちが彼らの仇を討ち始めたことで全国に広がったのだと。

こうした仕返しは2018年には少なくとも77件起きていて、その83%のケースにおいて、麻薬取引に関する "契約"としてなされている。

そうした組織的な犯罪の増加に加えて、専門家によると家庭内暴力に関する暴力の増加傾向が関係しているとのことだ。去年1年だけで121人の女性がパートナーによる暴力で亡くなっている(DV)が、事件数はかなりの野蛮さを持って増加している。

7月25日には、(DVが理由で監視下に置かれていた)夫が、妻を車で壁に向けてひき殺すという事件がおきた。

28日は、30代の妊婦が背中から何発か銃弾を受けて亡くなった状態で車内から発見された。彼女は自身の子どもたちを引き取るために元パートナーのもとを訪れようとしていたところだったという。

 

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ちなみに気になって調べたところ、

日本は三か月ごとでは出ておらず、今年1月~6月での殺人事件は全国で488件とのことだ(前年度同時期から26件増)。

※ここには7月18日に発生した「京都アニメーション」放火事件は含まれていない。

犯罪統計 平成31年1月~令和元年6月犯罪統計 2019年 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口

ちなみに留意すべき点として、日本の人口はフランスの約2倍(日本は約1.3億人。フランスは約6700万人)。

そう考えると、やっぱりフランスの方が殺人事件の件数は多いと思う。

(・・・なぜというと、ものすごく単純計算だけど、今期が前期の16%増で248件だとすると2~4月は214件発生。そうすると6か月で462件だ。日本の二分の一の人口で、同じだけの事件数だから。)

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ただやっぱり、個人的には、その背景にある人と人のやりとりをきちんと理解・検証することも重要だと思う。

どんな理由で事件起きたのか。どんな方が亡くなられたのか。どうして殺人を犯してしまったのか・・・。そこに解決の糸口があるとも思うから。

 

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ちなみに銃社会・アメリカでは数日前(8月5日)、タイムからこんな記事が出ていた。

time.com

2019年のこれまでで(つまり1月から8月までということ)、銃による死者がすでに62人だそうだ。

この数について、銃が一般的ではない日本だと(フランスでも)多いとも少ないとも言えないけど、負傷者が複数の発砲事件がほぼ毎日起きている、という事実には、びっくりする。

Mass Shootings in 2019 | Gun Violence Archive

 

よく、たとえば「男女平等」や「表現の自由」などで「アメリカでは~」とか「ヨーロッパでは~」という引き合いに出す論理を耳にする。

確かに、ある点においては見習う点べきがある。けれど、そのほかの点では必ずしも見習うべきでない点もある。

すべては相対的で、パーフェクトな国、パーフェクトな場所、パーフェクトな人なんて存在しないのだ。

だから、いろいろなものを見比べて、ベターを考えるのが、やっぱり大事だと思った。

 

皆さんはどう思いますか。

テレビ、ラジオ、新聞、ネット・・・情報についての一考察。

きょうの夕方、ツイッターに熱をこめて発信してしまった。

どこまでつぶやき?どこまでブログ?いろいろネットの模索を続けている。

 

きょう、ずっとメディアの歴史の本を読んでいて、知らなかったことや気づいていなかった視点がたくさんあって、なんだかはっとしてばかりの一日だったのです。

 

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私は、マスコミということばが昔からあまり好きではなく、自分の仕事のフィールドについても、「メディア」だと言うようにしている。それはなぜなのか、あんまりちゃんと考えたことがなくて、改めて検討してみた。

 

マスコミということばは「マス・コミュニケーション」から来ている。このことばは、直訳すると「大衆伝達」となって、マス(大きな)フレームでコミュニケーションをするということ。不特定多数のマス(大衆)に大量の情報を伝達すること。

 

個人的な感覚なのだけど、この「マスコミ」ということばがきらいなのは、なんだか "一方的" な要素が強すぎると感じるから。

けっきょくのところ、テレビ局だって新聞社だって、視聴率やら広告収入やら受信料に左右されていて、「一方的」に発信者から受信者へ流しっぱなし、なんてことはない。いや、もちろん、SNSにくらべても圧倒的に、”一方的” なのは現時点では事実だし、その事実を否定するつもりはない。

それよりも、どっちかというと、「マスコミ」ということばを使うことで、発信者側も、受信者側も、思考停止している感じがする。

だから、いや。

「マスゴミ」っていうことばもきらい。

「マスコミ」を「マスゴミ」にしているのは、視聴率や広告を支えている(選んでいる)ひとりひとり、あなたでもあるのではないか。と、思うから。

 

メディアということばは、「メディウム」(中間)という意味の複数形。つまり、「媒体」だ。

こちらは、もう少しフェアな気がしている。ニュートラル、というべきか。

ひとは生きている以上、基本的に他者や社会との関わりを免れることはできない。そんな生活の中で、あらゆる情報を受け取り、発信し、交換し、選びながら、自分の生活を保っている。無数の情報交換の末に、わたしたちの生活は成り立っている。

その情報たちの「媒体」となっているのが、テレビであり、新聞であり、ラジオであり、ネットであり、、、なんだと思う。

「メディア」ということばの方がフェアだと思うのは、「媒体」であることを忘れさせないから。「媒体」はしょせん「媒体」でしかない。

神様ではない。

だから、偏見だとか勘違いだとか、ぜったい混じる。「ピュア」な情報なんて、ありえないのだ。

SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)も、いまではりっぱなメディアだ。

すべて発信される情報は、しょせん人間が取材してまとめているんだから、パーフェクトなわけがないのだ。

 

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じゃあ、いまの時代にあった、情報のありかたってなんなんだろう。

ここらへんはまだ、答えが出ていない。

「事実」は事実とすること。「私見」は私見に過ぎないこと。

メディア・リテラシーの問題なのかなあ。

 

みなさんはどう考えますか?????

 

74年前のあなたへ。

人は生まれる場所も時も選べないことを、最近、よく考える。

 

よく、妊婦さんや赤ちゃんの話で、「赤ちゃんは空からママ(あなた)を選んできたんだよ」という話を耳にする。それはきっと、ほんとうにそうなのだろうな、と思う。そして同時に、そんな、あたたかな記憶ややりとりが、すべてのひとのもとにあればいいのに、と思う。

 

 

異国であるフランスにいると日々、自分が異邦人であることを感じる。

移民社会であるフランス、特にパリは、本当に多様な人種が複雑に混じり合い、その言語についても、文化についても、ものすごく複雑で豊かであるけれど、それにしても、紛れもなく自分のルーツとは違った文化・歴史的背景がある。(もちろん、それがいい、悪い、というのはまったく別の話。)

 

フランス人に生まれるのか、日本人に生まれるのか、もしくは、アルジェリア系フランス人として生まれるか、パリ20区内に生まれるか、郊外に生まれるのか。リビアから逃れてきたお母さんのおなかのなかから生まれるのか。アメリカの富豪のもとに生まれるのか。

 

 

ママを空の上で選んできたとしても、やっぱり、その後にあかちゃんが向き合うこの社会については、必ずしも赤ちゃんが選べるわけではない。そして、生きていくことは、決して優しくはない。

 

 

児童養護施設の取材をしていたとき、わたしには、わたしと、彼ら彼女らの違いが、本当に、痛かった。

日本人。女の子。おいしいものがすき。あまえんぼう。ちょっとわがまま。

同じ。なのに。

 

夏のあいだ、ずっと公園で寝泊まりしていたところを保護された小学生の女の子。

両親がずっと帰ってこないまま放置されていた赤ちゃんのとき、同じく空腹に苛まれた飼い犬に足の親指を食べられてしまった女の子。

3つもの里親をたらいまわしにされて、引き取り手のみつからなかった女の子。

 

同じ時代を生きていても、同じ時に生まれても、日本のなかでさえも、違う。その現実に対して、私は何を言えるだろう。何が出来るだろう。

 

 

 

 

今日は、74年前に、日本に生きていたひとたちを思う日だ。

夏の日。

きょう、きのう、おととい、一週間前、一ヶ月前、、、その延長線上に、1945年8月6日がある。時間も、世界も、一瞬だって止まったりなくなったりすることなく、ずっと絶え間なくたゆまず、つながってきた。

でも、その日、広島のその場所にいた人たちには、世界が一瞬止まっただろうと、たとえ出来ることが想像でしかなくても、私は想像する。

そしてその後、再び動き始めた時間は、残酷なものでしかなかっただろう。どんどん“きれい”になっていく現代社会では、いのちが失われる場面に触れることが本当に少なくなっている。でも、私は想像しようと試みる。楽しいことではなくても、つらいことでも。

私が、74年前にその場所にいたかも知れないのだから。

もしかしたらこの一瞬のすぐあとに、同じことが起きるかも知れないのだから。

 

日本ではいま、8月6日午前2時近くだ。

イタリアの判断に、考えたこと。

ちょっと前に(ちょうどいまから40日前)、こんな記事を書いたんだけど、それはなんでかというと、当時、ちょうど現実にそんなことがヨーロッパで起きていたからだった。

 

mori-kei05.hatenablog.com

 ドイツのNGO「シー・ウォッチ」(※シー・シェパードではない)の救助船が、リビア沖でゴムボートに乗る移民たち53人を救出したのだけど、最寄りのイタリア(ランペドゥーサ島)への入港が拒否され続けた。船は数週間沖合で停泊を続けたあと、許可の下りないまま港に入り、31歳の女性船長、カロラ・ラケッテ(Carola Rachete)がイタリア当局によって逮捕されたのだ。特に、イタリアの極右正当で対移民強硬派である副首相兼内相のマッテオ・サルビー二は、ツイッターや記者会見でひたすらこうした救助船を糾弾した。「そんなに救いたいならドイツへ行け。イタリアはNOだ」というような単純明快・かつきっぱりとした断絶のことばを聞いて、なんとも言えない気持ちになったのが先月だったのだ。

(※その後、今月2日にイタリア裁判所は、ラケッテ船長は人命救助しただけだと判断し釈放を命じている。)

 

そんななか、きょうフィガロに出ていたニュース。タイトルは、「移民:イタリアは、人道的な救助船を対象とした新たな政令を採択」。

premium.lefigaro.fr

内容としては、人道的な救助船に対しての罰則を強化したもので、上院で賛成160,反対57で採択されたそうだ。つまり、マッテオ・サルビーニ側の主張に沿った内容になる。すでに下院で承認されているので、議会の夏休み前の水曜日には有効になるそうだ(あした?)。

 

ニュースとしては、ラケッテ船長の一件がフランスでも連日大きく取り上げられていたが、実は、こうした人道救助船が移民を沖合で助け、それをイタリアへ連れてくる、ということは、それ以外にも頻発している。

 

日本語で読めるAFPの報道だけでも、この一ヶ月でこんなに。

www.afpbb.com

www.afpbb.com

www.afpbb.com

 

特に、リビアの戦況が悪化していること、そして、地中海横断は夏が最も多くなることなど、背景にはさまざまな理由がある。

ただ、ひとはどんどん海からゴムボートに乗ってきてやって来ていて、ほっといたら遭難してしまう中で、どうしたらいいのか?でも助けたら助けたで、イタリア国内の反発も起きる。

 

ちなみに、フィガロの記事によると、イタリアでは、サルビーニの内相の「反移民」発言が人気を集めている。先週金曜日に経済誌Il Sole 24 Oreで行われた世論調査によると、彼の政党「Ligue」の指示は39%にのぼり、それ去年の国民議会選挙時のなんと二倍だそうだ。

 

こうした状況について、どう考えるだろうか。

私は、前回記事を書いた40日前、ほんとうに自分のなかで、答えを出せずにいた。でも、そのあと考えていて、状況が複雑になりすぎているけど、やはりこういうときに大事なのはシンプルなことなのではないか。

 

たとえば、第二次世界大戦時、ナチスの弾圧を逃れようとしたユダヤの人々のこと、そして彼らを救おうと動いた人たちを、否定する意見は今日聞かれない。日本では、たとえば、外務省からの訓令に反して多くのユダヤ人系避難民を救った杉原千畝さんの対応は(もちろん内部でのいろいろな対立、価値観の違いが多く残ったとしても)命を救った尊く、本当に勇気のある選択だ。

www.sugihara-museum.jp

 

あとからでは、いくらでも言える。でも、そのとき、その場で、きちんと、判断が出来るのか。現実の難しさを踏まえてなお、シンプルなこたえを、忘れないようにしたいと私は思う。そして、現実の難しさを前にあきらめてしまうのではなく(正直たしかに、サルビーニ氏の主張やそれを指示する市民の意見にも一理あるのだとは思うけれど)、「だったらどうしたらいいか?」を考える方向に社会を向けていく努力が、とても大事だと思う。

 

皆さんは、どう思いますか。

再出発の、所信表明。

はちがつ、8月、八月、葉月、August、Août。

 

こう書いて思ったけど、日本語ってほんとうに、細かい。単純な月の名前の書き方だけで、4種類あるんだもの。

例えば私は、「本当」という言葉を、ひらがなで書く方が好きだったりする。あと、「言葉」もそう。「ほんとう」と「ことば」と書いた方が、そこに込める自分の思いの重さを正確に表せている気がして。私は、こうした漢字・かたかな・ひらがなと、その組み合わせでいかようにも広がる表現の幅というものがとても好きだ。そして、そうした魅力を意識するようになったのは、外国語を学び始めてからのように思う。

たとえば、お別れをいう場合、フランス語では「Au revoir」「Adieu」「A bientôt」「Salut」など、いろいろな言い方がある。

「Adieu」は、今まで聞いたことがない。というのも、今生の別れのような、ものすごい強い意味での「さようなら」だから(たとえば、命に関わる、もしくは恋人が別れるときなどに使われるみたい)。

「Au revoir」は比較的普通の意味での「さようなら」(でも字面の意味としては“また会うときに”という表現=Au が「~ときに」のような意味で、「revoir」は再会という意味だから)。

「A bientôt」はもう少し近い「さようなら」で、「またすぐにね」と言ったような意味合い(Aはさっきと同じで「~ときに」のような意味で、「bientôt」はまもなくという意味だから)。

「Salut」とか「Chao」は、「じゃあね!」みたいなカジュアルな表現だ。

日本語では、お別れの時に「さようなら」ときちんということはまれで、「では、また」とか「お気をつけて」とか、「では、失礼します」みたいないろいろな表現がある。

こういう表現って、自分のからだの一部となって口から出ているものだ。

ふ、と意識をしないと改めて考えるきっかけもないのではないか、と、個人的には思う。外国にいると、ふとしたときに「あ、こういうシチュエーションでこんな言い方もするんだな」と思う場面があって、それはふと日本語での表現に立ち返らせてくれる瞬間でもあるのだ。

 

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と、つらつらと思ったことを書きましたが、きょうからまた、一日一投稿、一日一ニュース、を再開します。そして、それにあわせて、自分の生活の記録も。

なぜかというと、私のフランスでの滞在が、残り、ちょうど40日だから。

 

私の長い長いモラトリアム期間が、もうすぐ終わる。長さで言えば、365日マイナス一週間くらい。

いまざっくり思うのは、この1年が、ほんとうに長かったということ。そして、がむしゃらだったということ。まだ終わっていないんだけど、4日前に大きなタスクを終えて、いま残されているのはかなり自由裁量度の高い、論文課題とリサーチ。そしてこの数日、もうあまり生産性のないだらりとした日々を送っていて、私自身はその時間の使い方も大大大好きなんだけど、たぶん一生に一回しかない、このモラトリアム期間の最後の日々、「何していたんだっけ?」と思うような時間にはしたくないって、今日、思ったのだ。

だから、いまここで、自分の残りの計画・自分のやりたいことを、宣言しておく。

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実は、いままでの人生、私はほとんど「宣言」というものをしたことがない。受験でも、就活でも、この留学でも、極力「宣言しない」ことを選んできた。有言実行より、不言実行が性にあっている。

「宣言すること」をおこがましい、と感じていたし(なんなら、周囲の人の意識を刺激することに対しておこがましいって思っていた。どれだけひねくれているのか、と思うけど!)「成果を出してから」「報告」をする方が、自分として納得がいったのだ。

でもそれは同時に、「有言不実行」になることに対する恐れもあったんだと思う(失敗したらかっこわるい、えらそうに言って出来なかったらみっともないって)。

他のひとが宣言していることに対して、すごいな、うらやましいなと思ったし、そのひとが結果として成功しようがしまいが自分自身はまったく気にならなかったのにも関わらず、なぜか自分に対してだけは、やたらとおびえていた。逆の自意識過剰だったんだと思う。

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でも、そういう自分は、少しずつ変えていきたい。自分のことばを言いよどんでしまうようには、なりたくない。

目指せ、有言実行。実行できなかったら、「なぜ出来なかったか」もちゃんと考える。

それでは、以下、この40日間で達成したいこと。

 

1.一日一ニュース。朝ラジオとフランス・アンフォ・ビデオに触れる。

  旅行に出るときは、「つぶやき」でもよし。でも、自分の思考を言語化すること。

2.フランスの食材を意識する。マルシェ、行く。

  なぜならこれまで、モノプリやフランプリ、カルフールといった大手スーパーしか行かず、食べるものも、ビニールにつつまれた簡易的な食材ばかりだったから。それか、中華系スーパーでえせ和食みたいなものを作るか。せっかくの機会なので、フランスの味に理解を深めたい。でも、マルシェ、バカンス中、あるのかな・・・?あと、課題は、自分ひとりだと極端に制作意欲を失うというこの自分の性分・・・。

3.在パリ日本人とのネットワーク作り。

  これは、苦手なのでどこまでできるか・・・。ひとまず、Yさんに紹介してもらった方に会うこと、これまで出会った人ともう一度お会いする機会を作ること。

4.在パリ・フランス人とのネットワーク作り。

  これも、苦手なのでどこまでできるか・・・。(と書いて思ったけど、要するに自分がどれほどコミュ障かということ。。)でも、教授に紹介してもらった方に連絡すること、FTVのSさんに会うこと、院で出会った人や個人的な友だちたち!

5.帰国までに最低10つの美術館へ行く!

  美術館は、なんだかんだと自分の中で「ぜいたく・・・!」と思い、勉強を優先してしまった。でも、行く!!

6.一日一区、と決めて、すべての地区をまわる。

  これ、いま思いついたんだけど、出来るかな・・・?笑 パリには20区あります。あと、出来れば郊外には行きたいのです。だから、まわるぞ!

7.Porte de la Chapelleエリアに通う。アソシエーション探す。

  一週間以内にひとまず現地に行ってみよう。取材の糸口を探そう。

8.誰とでもいいから、とにかく話す。話す。話す。

  いま、まだ、フランス語が話し相手によってレベルにむらがあるから。いろんなひとといろんな話をする。

9.いまさらだけど、論文がんばる。規則正しい生活。

  9つめにようやく。笑 とりあえず、規則正しく起きること。国立図書館、かよう!

10.いまここにいることを、全力で楽しむ。

  ホームシックになって久しいけど、帰ったらきっと恋しくなる、ここでの生活。いまがいましかないこと。いま、私の大好きな地区の大好きなカフェのテラスでポップコーン食べながらこれを書いているんだけど、この光景の中で暮らせる、人生のなかでたった一度しかないであろうこの時間を、忘れないよう、味わうこと。

 

書いてみると、あんまりたいした数はなかった。笑

ただ、こっちにたったひとりで来て、自分の能力が何も通用しない時間を経験して、改めて思ったことがあって。

それは、完璧な国、完璧な町、完璧な人なんて、いないということ。どこにでも良いところと悪いところがあって、いちばん大事なのは、そんな環境のなかで、じぶんが、“どう”生きるのか、ということ。日本でもフランスでもイギリスでもタイでもルワンダでも、どこで生きていたって、すてきなひとはすてきだし、いやなひとはいやなひと。どこにだっていろんなひとがいる。

でも、文化の違う国の中にどっぷり浸かることは、自分を相対化できるという意味で、引き出しも増えるし、豊かになる。その良いところをきちんと吸収して、しなやかに、しぶとく、まっすぐに生きていきたい。きれいごとかもしれないけど、きれいごとを心の中に持ち続けられる人間で、いたい。

 

明日から、一日一投稿。がんばる!