週末の土曜を「デモ」に費やすひとたちに感じたこと。
社会というのは、生物(いきもの、かつ、なまもの)だ。ひとりひとりの人間や動物や植物や、あるいは機械やゴミなんかが、偶然と必然のなかで折り重なって関わり合って、移り変わっていく。
いまから10秒後に、街角の交差点で大事故が起きるかも知れないし、3分前に、わたしの今いるアパートの一階にあるインド・レストランでインド人シェフがフランス人の常連客にプロポーズしたかも知れない。
そしてそんな偶然が思いもかけない結果をうんだり、社会に影響を与える大きなうねりになったりすることもあるのだ。
フランスで、6か月前といまで、まったく違った意味合いを持つようになったことばがある。
Gilets jaunes(ジレ・ジョヌ)。そのまんま、Yellow best、すなわち、黄色いベスト。
道路工事だとか危険な場面などで、安全性を高めるために"見えやすく”することを目的として着るもののことで、日本語だと反射チョッキとか反射ベスト、安全ベスト、などと呼ばれることもある。工事現場で作業員さんたちが着ているものだ。
2018年10月、マクロン大統領の燃料税値上げの政策に反発したひとたちがぽつぽつとSNS上でつながって始まったデモが、11月17日には毎週土曜かつシャンゼリゼ通り周辺を中心に組織されるようになって、デモ運動そのものが「ジレ・ジョヌ」と呼ばれるようになって早6か月あまり。
日本でも話題になったのは一番ひどかった11月末や12月あたまかと思うが、実はその後も毎週末、彼らはシャンゼリゼ(凱旋門近辺)に現れ続けてきた。
凱旋門にあるメトロの駅は、去年11月から毎週土曜日は閉鎖され続けている。
当初のメトロのアナウンスは
「安全上の問題のため、この駅は閉鎖されております」
だったのが、最近では、
「ジレ・ジョヌのため、この駅は閉鎖されております」
になった。
ただの"作業着"を示すだけにあった単語が、社会に通じる意味を持ち「マクロン大統領の政策に反対して運動するひとたち」を指し示すようになったのだ。
フランスは、秋から冬にかけてはものすごく日照時間が短くなるため、12月~3月ころまでは日の出が8時と遅いし、16時には夜になってしまう。0度を下回る日も少なくないし、寒さは骨に響く感じで、誇張なしに、けっこうつらい。それでも、6か月にわたって、寒い日も雨の日も、パリでは凱旋門に、地方都市では各地で、早朝から人々は集い、声を挙げ続けてきた。
だんだん意味合いが変わってきて、現在では燃料税云々に限らなくなってきているし、ここ数週間は、参加者が減り続けている。(フランス公共メディアFTVによると、フランスの内務省の発表では、6月1日も国内で9500人が参加したそうだ。※うちパリでは1500人。)
でも、いくら減った、とは言っても、6か月間にわたって、貴重な週末の朝、未だ1万人近くのひとが集まって声を挙げているって、よく考えるとすごいことだと思う(よく考えなくてもすごいことかもしれないけれど)。
もちろん最初いたけど途中で辞めたひともいれば、最近始めたひともいるのかもしれないけど、
私はこの半年、運動には参加せず、ずっとひっそり成り行きを見てきて、二つのことを感じた。
一つは、ひとりひとりの行動や選択がつながって「大衆」になることの意味、そしてインパクト。社会は、個々の動きが重なり連なりあった結果なのだ、ということを教えてくれている(実際それでマクロン大統領の政策内容にも影響が出ている)。
もう一つは、継続ということ。この運動が夏にかけてどうなっていくのか、このまま尻すぼみで終結していくのかはまだ分からないけれど、一回で辞めない、一ヶ月でも辞めない。その根性は、けっこう大事だと思う。諦めないこと。
まあ、とはいえ、個人的に、ジレ・ジョヌの訴え自体には賛同しかねることも多いけれど。
※きょうから、毎日一つのテーマで一つの考えをまとめる、というチャレンジをします。このチャレンジに至った経緯については、また改めて、どこかで書きたいなと思います。